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旗本退屈男

はたもとたいくつおとこ

佐々木(佐佐木)味津三による時代小説および同作品に登場する主人公・早乙女主水之介(さおとめもんどのすけ)の異名。
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概要

直参旗本・早乙女主水之介を主人公とする痛快時代小説。1929年(昭和4年)4月の「文芸倶楽部」に初登場し、1934年まで以後11作が発表された。翌1930年、この小説を気に入った市川右太衛門(北大路欣也の父)が自らの主演で映画化。その後、世に出た作品は計30本を数え映画が大衆の娯楽だった時代の花形時代劇だった。


その後、テレビが普及してからもテレビドラマとして何度もリメイクされた。昭和~平成初期においては「水戸黄門」「遠山の金さん」「銭形平次」「桃太郎侍」「暴れん坊将軍」「長七郎江戸日記」「必殺仕事人」などと共に名時代劇の一角だった。しかし映画や時代劇の衰退の影響をもろに受け、現在では他の人気時代劇と比べてネット上でネタにされることは少なくなっている。


決め台詞

  • よく見よ。天下御免の向こう傷。直参旗本、早乙女主水之介、人呼んで旗本退屈男
  • ぬふふふ! またぞろ退屈の虫が疼き出したわ
  • 退屈じゃ退屈じゃと、退屈まぎれに罷り越せばこの始末
  • ええい、この眉間の傷が目に入らぬか
  • 諸羽流正眼崩し、破邪の一刀受けてみよ

などである。


決め台詞が強烈だったため、お笑いにも使われ、「のりお・よしお」時代の西川のりおが早乙女主水之介をモチーフにしたギャグを持っていた。

また笑点の大喜利でもネタに使われたことがあり、時代劇に明るい林家木久扇が早々自身のバカネタにかけた「脳の手術の跡なのね」を始め様々な回答が出た。


登場人物

早乙女主水之介(さおとめ もんどのすけ)

人呼んで旗本退屈男。数え33歳。独身。徳川将軍家の直参旗本で、無役ながら1200石の大身。本所割下水の屋敷に使用人7名と同居。身長五尺六寸(約170cm)という当時としては容貌魁偉な大男。剣術の達人で「諸羽流正眼崩し(もろはりゅう せいがん くずし)」という無敵の技を習得し、また武芸十八般に通じ、軍学にも明るい。しかし太平の元禄の世にあっては自慢の技を振るう機会に恵まれず、「退屈で仕方ない」が口癖。愛刀は、蝋色鞘の平安城相模守。


性格は清廉潔白で、権力の腐敗を憎み、相手が将軍でも直言を厭わない。一方で下々には慈悲深く、庶民とも気さくに交わるため、江戸っ子からは「退屈のお殿様」と呼ばれ親しまれている。


トレードマークは額に受けた三日月型の「天下御免の向こう傷」。これは長州藩の悪侍7人組と斬り合った時に受けた刀傷。小説では胆力と剣技、そして額の傷を「天下御免」としているが、映画では徳川将軍より天下御免の御墨付きを受けたという設定。またテレビドラマ版(北大路欣也主演)では、先代の将軍(徳川家綱)が次代を決めるにあたって真剣での勝負を催し、徳川綱吉の代理人として立ち会った際に相手の代理人の片腕と引き替えに受けた傷ということになっている。


外出時は基本的に黒羽二重の着流しに刀は落とし差し、素足に雪駄履き、額の傷を隠すため深編笠を用いている。


ちなみにモデルは2017年NHK大河ドラマおんな城主直虎」に登場した近藤康用の五世孫・貞用とされる。


笹尾喜内(ささお きない)

早乙女家の側用人。


菊路(きくじ”)

主水之介の妹。


霧島京弥(きりしま きょうや)

主水之介の弟分の旗本。菊路が惚れている。

東映映画時代、若き日の北大路が演じ父子共演で話題になった。


原作者・佐々木味津三

菊池寛に見いだされ文藝春秋の同人メンバーの一人となり直木三十五芥川龍之介らと交流を持つ。のち、直木や芥川の後押しもあり純文学から大衆小説に転向。時代物を得意としたが過労が祟り1934年2月6日に享年37歳で病死した。ちなみに直木は佐々木が没してから18日後に43歳で病死している。他には「右門捕物帖」などがある。

関連タグ

日本 時代劇

日本文化 俳優 男優

北大路欣也高橋英樹平幹二朗…テレビ版で主演を務めた。

カムカムエヴリバディ…劇中劇として登場する。

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