※本馬をモチーフとした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するウマ娘についてはビコーペガサス(ウマ娘)参照。
概要
1991年2月8日生まれ、父ダンジグ、母コンデッサ。母コンデッサの牝系子孫に2005年のCBC賞勝ち馬シンボリグラン、2022年の阪神JF、2023年の牝馬三冠(桜花賞、優駿牝馬(オークス)、秋華賞)を制したリバティアイランドがいる。通算27戦4勝。
1993年デビュー、1994年京成杯でヒシアマゾンに勝ち重賞初制覇(この年ヒシアマゾンに先着したのは本馬の他には有馬記念のナリタブライアンのみであった)、スプリンターズステークスではサクラバクシンオーのレコード勝ちの裏で2着に連対する。
1995年セントウルステークスで重賞2勝目、スプリンターズSではヒシアケボノの前に2年連続2着となる。
1996年高松宮杯フラワーパークの2着GI3回目の2着、スプリンターズSは不利があり7着。
1997年安田記念13着を最後に現役を引退、種牡馬入りするも産駒には条件戦を勝ち上がったマグネティックマンがいる程度で繁殖に上がった牝馬はおらず、これといった成績を残すことは出来ず、2001年に腰の骨折のため1年間種付けを休養するアクシデントに見舞われたこともあって、以後ほとんど産駒は送り出せなかった。2006年シーズンを最後に種牡馬を引退。
種牡馬引退後は功労馬管理施設Rolling eggs clubにて余生を送っていたが、2019年6月、敗血症により永眠。28歳没。
スプリント戦線のシルバーコレクターであった。
ライバルのヒシアケボノとは6勝4敗だった、馬体重が100キロ以上違う珍しいライバル関係だった。
ビコーペガサスは1200mだと短い1600mだと長い、1400mがベストの馬だったのだが日本に1400mのGⅠ競走は当時はおろか2023年現在も存在せず、GⅠホースにはなれなかった。