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概要

寿司職人の父の元に生まれる。トヨタの育成プログラム入りし、GP2アジアシリーズチャンピオンを獲得。

2009年にトヨタF1から代役として2戦のみ参戦。トヨタはこの年限りでF1から撤退するものの、ペーター・ザウバー翁が可夢偉がわずかな間に見せたドライビングセンスを高く評価したことにより、翌年からザウバーでフル参戦。「日本人として初めてコネやスポンサーマネーを必要としなかったドライバー」となった。まだDRSの無かった2010年シーズンから印象的なオーバーテイクショーを連発したことで、「AUTO SPORT Awards」のルーキー・オブ・ザ・イヤーを日本人で初めて受賞。

国外のF1のサイトにて「オーバーテイクキング」と紹介されるなど海外からも絶賛されており、今後も活躍が期待されるドライバーであった。


2012年には日本人3人目となる3位表彰台を鈴鹿で果たしてファンを大いに沸かせたが、チームメイトで後輩のセルジオ・ペレスにランキングと表彰台回数で下回ってしまった。加えてチームの台所事情で持参金を要求されるようになり、これまでスポンサー活動をしてこなかった可夢偉はクラウドファンディングで1億円余りを集めるものの、あえなく解雇されてしまった。ちなみに彼の後任であったエステバン・グティエレスは一説には10〜20億円を持ち込んでいたと言われている。


2014年には2年前のクラウドファンディングで集めたお金を携え、ケータハムより復帰するも新人のマーカス・エリクソンにもランキング上で負けてしまう(シーズン全体では予選・決勝とも圧倒したが、モナコGPで1度だけエリクソンに上位に行かれてしまった)結果になってしまい、チームの解散もあって実質F1ドライバーとしては引退した。


2015年にホンダがF1復帰した際に「可夢偉を乗せてくれ」という声がファンから多々あったが結局縁はなく、同年からはGAZOO Racingと改称したトヨタに復帰。WEC(世界耐久選手権)、スーパーフォーミュラSUPERGTなどに参戦している。


F1引退後も海外では引く手あまたで、2013年にフェラーリのGT耐久チーム、2017年にはBMWのフォーミュラE、2019~2022年にはキャデラックの耐久チームにそれぞれ参戦し、日本人として初めてデイトナ24時間を2度、しかも連続で制覇している。さらには2019年のSUPERGT×DTMの交流戦ではトヨタではなくBMW側で参戦するという伝説を残している。ここまで海外メーカーのワークスチームから声がかかる日本人ドライバーは古今東西例がなく、F1こそあと一歩で夢は叶わなかったものの、間違いなく佐藤琢磨と並んで日本人史上最強ドライバーの筆頭である。

一方でスーパーフォーミュラでは5年以上参戦して何度も表彰台には上がっているが、得意のオーバーテイクが封じられやすい環境や、勝てそうなところでなぜか必ず起きるチームのピットミスなどがあって、未だに優勝経験がない。


ル・マン24時間レースにおいては予選では圧倒的な速さを見せるも、トラブルに巻き込まれ、2位に甘んじることが多かったが、2021年についに総合1位でフィニッシュし、大願を成就した。

2022年からはWECのチーム代表兼ドライバーという重要な役割を担っていく。


性格は陽気だがストイックな関西人という感じで、常に意表を突いてくるコメントの面白さと、本質を躊躇なくついてくるぶっちゃけ話に定評がある。幼少からの悪ガキ根性も残っており、ちょっとした悪戯をすることもしばしば。いついかなる時も物怖じするところは全く無く、いろいろな意味で「日本人離れしている」とよく評される。

料理の腕はプロ級で、加えて美味しい料理の店にも詳しいので、ドライビングのみならず飯についてもチームメイトからの信頼は厚い。

なおコスプレは嫌いだそうで、ハロウィンで都心に仮装団が溢れていた時はTwitterで嫌悪感を隠さなかった。


関連タグ

モータースポーツ F1 ザウバー トヨタ ケータハム ル・マン

アルファード…愛車

小林カンナ(名前が似てるだけの別人だが、本名はカンナカムイである為に、小林カムイとなってた可能性があった)

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