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ニートレイン

にーとれいん

何らかの原因で運用に入れない・全くない鉄道車両に付けられる通称である。 「ニート」と「トレイン」を組み合わせてできたかばん語である。
目次 [非表示]

概要

何らかの原因で運用に入れない・全くない鉄道車両に付けられる通称。


鉄道車両は基本的に目的があって製造されることが多く、通常は予備車でもない限り運用に入る。

しかし、時代や状況の変化によってその目的が達成できない等の問題が生じると、車庫に長期間留置されたりする。その結果、ニートトレイン略して『ニートレイン』と化する。


該当車両の一例

ここでは鉄道ファンからニートレインと呼ばれる車両について誕生順に解説する。

他にもある際は追記お願いします。


国鉄DD54

DD54形試作機(1号機)

国鉄が1966年に投入したディーゼル機関車

エンジンや変速機は西ドイツマイバッハからのライセンス生産であったが、当時の日本の技術力に対してレベルが高すぎた事、またライセンス生産の契約条件により、日本独自の改修や設計変更が一切認められなかったことが仇となり、故障の多発と修理の停滞が稼働率を著しく低下させた。結果として純国産のDD51に早々に置き換えられ、車籍を保ったまま多数が車庫でニートレインする羽目になった。

高額な車体価格のわりに廃車が早かったため、国会で問題として取り上げられた話は有名。


国鉄581系/583系

583系あいづ

この2形式は1967年に登場した国鉄の昼夜兼行の寝台兼用特急形電車であり、昼間は座席、夜は寝台にすることで1日をフル活用して運用されていた。

しかし、新幹線の開業によって特急列車そのものが削減され、座席のグレードが劣る本形式は早々に昼行特急から撤退。夜行特急も次第に衰退していったため、余剰が発生するようになった。

国鉄末期になると、一部は食パンに改造された。

元々昼夜兼行だったため老朽化の進みが早く、1990年代後半から置き換えが始まり、最終的な引退は2017年であった。


国鉄50系客車

国鉄50系風味一般型客車

国鉄が旧型客車を置き換えるために製造した客車。

登場は1977年だが、既に地方路線でも電車・気動車の導入及び転入が進んでいたため客車は淘汰されつつあり、おまけに客車列車存続の要因であった荷物・郵便輸送が廃止されてしまう。

結果として本形式は製造から10年程度で運用を失った車両が大量発生し、車庫に留置、そして解体されていった。

定期運用は2002年快速海峡」廃止をもって終了し、現在は一部の観光列車用に改造された車両が細々と走っている。


京急2000形(8両編成)

京急2000形

京浜急行電鉄が開発した快特用車両で、1982年に登場して以降、京急のフラッグシップ車として優等運用に優先的に使用。内装も2扉クロスシートと豪華だった。

しかし、16年後の1998年に後継の2100形が登場すると、本形式は3扉ロングシートへ格下げされてしまう。

それだけならニートと化する要素にはならなかったのだが、2002年に日中の自社線内完結の快特が泉岳寺駅発着に変更されたため、8両編成は代走含めて日中の優等運用に入れなくなり(※)、基本的にラッシュ時以外は車庫に留置されていた。

その後、2010年からエアポート急行という自社運用が誕生し、それに優先的に使われるようになり、脱ニートを果たし2018年の引退まで活躍した。

一方、4両編成は3扉化と同時に普通列車や優等列車の増結に使用されるようになったため、運用が逆に増えるという結果になり、ニートレインにはならなかった(なお、それによって老朽化を早める等の弊害が出たが、ここでは割愛する)。


※2000形は先頭車に貫通扉を設置していないため泉岳寺の一つ手前である品川駅までしか入線できなかった。日中の優等列車は基本的に地下鉄直通運用と自社線運用の2つに分かれるが、どちらも地下駅である泉岳寺まで入線するため、品川までしか行けない2000形は使用できなかった。


JR東日本215系

215系

JR東日本1992年に投入した電動車以外は全てダブルデッカーの車両(某都知事の公約に「2階建て電車を投入して満員電車ゼロ」というものがあったが、本形式はそれよりもずっと前の登場となった)。

元々は湘南ライナーの定員増加を目的に作られた車両だが、日中や休日は運用されないため、快速アクティー湘南新宿ラインにも使用された。

しかし、いざアクティー等の運用に使用してみると片側2扉・ダブルデッカー構造によって乗客の乗り降りに時間がかかり、遅延が頻発。これによって早々に運用から退き、2004年以降はライナーのみの運用になってしまった。結果、臨時のホリデー快速を除いて日中・休日の運用を全て失い、車庫に留置されることとなった。

2021年のダイヤ改正でライナーの特急格上げ・ホリデー快速の廃止によって運用を完全に失い、最終的に全て廃車・解体されてしまった。


日中・休日の留置によって鉄道ファンからはニートのイメージを持たれてしまい、ニートレインの代名詞と呼ばれることが多い。


広島電鉄5000形

俺は方向幕表示をやめるぞ、広電

1999年に登場した、全国で二例目、広島電鉄では初の100%低床路面電車。製造はドイツシーメンス。12編成が導入されたが、故障や部品調達といった問題により、2009年より運用離脱が相次いでいる。2023年4月時点で働しているのは僅か3編成のみであり、他は荒手車庫で放置もしくは部品取りとなっている。

車両の平均寿命が長い路面電車としては異例の短命であり、以降の増備は純国産の5100形に移行した。


東急電鉄サークルK編成

東急2000系電車を擬人化してみた with 東急の熊のシャツ

東急田園都市線。東急は2003年半蔵門線を介して東武鉄道伊勢崎線(2012年に東武スカイツリーラインの愛称を付けた)への直通運転を開始したが、2000系8590系・一部の8500系は乗務員訓練や改造費を検討した結果、この直通運用には就かず最北でも半蔵門線押上駅で折り返す運用限定で使用することが決定した。

当初は自社線内・半蔵門線直通運用が多かったので問題はなかったが、ダイヤ改正の度に東武線直通が増えたため運用が減少し、長津田の車両基地に留置されていることが多くなった。一時期準急列車の増発で再度昼間の運用に使われるようになったが、結局2000系は2018年に、8590系は2019年に、8500系の当該編成は2020年までに東急田園都市線から撤退。


JR東日本E331系

E331系

JR東日本2007年に1編成だけ投入した車両で、京葉線向け。

連接台車をはじめとする新しい技術を惜しみなく導入し、試験を兼ねて営業運転に使用された。

しかし、トラブルが続出したことで運用離脱・再開を繰り返すこととなり、そうこうしているうちに京葉線には新型のE233系の投入が決定。結果として製造から4年後の2011年には運用を離脱し、そこから更に3年後の2014年には廃車されてしまった。

最後の3年間は京葉車両センターにずっと留置されていたため、215系同様ニートレインの代名詞と呼ばれることも多い。


JR北海道キハ285系

DMU キハ285

JR北海道が特急形気動車のさらなるスピードアップを目指して開発。

しかし、JR北海道では経営難による資金不足によって本来必要である設備投資や修繕が後回しになっており、2011年から事故・不祥事が相次いでいた。翌2012年の社長交代に伴い安全性向上や信頼の回復がメインへと方針転換され、キハ285系は試作車3両が落成したものの落成直後に開発中止(量産中止)が発表された。

落成した試作車は試運転を実施したのちに苗穂工場で留置され、今後の活用方法について再検討していたが、結局2017年に解体されることとなった。


JR西日本271系

特急はるか

JR西日本2020年に投入した車両で、それまで一部列車が6両で運転されていたはるかを全て9両にするために製造された(そのため付属編成のみの製造)。

しかし、不幸なことに投入初年からCOVID-19によって海外旅行需要が激減し、はるかは全列車6両編成での運転に変更され、付属編成である271系は運用離脱。たった半月で運用を失ってしまった。

その後、2021年のダイヤ改正で9両運用が再開。ようやく運用に復帰できるようになったが、それまでの1年間はずっと車庫に留置だったため、ニートレイン呼ばわりされてしまった。


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